立体キーボードとは
キーが平らに並ぶのではなく、手のひらの湾曲に沿ってお椀状に沈み込む—— そういう形のキーボードがあります。 指の移動距離が最も短くなる形として、自作キーボードの世界で育ってきました。 なぜこの形になったのか、どう作られているのかを解説します。
立体キーボードとは
立体キーボード(3Dキーボード、コンケーブ型)は、 キーが三次元的に配置されたキーボードのことです。 平面キーボードが「板の上にキーが並ぶ」のに対し、 立体キーボードはキーごとに位置・角度・高さが違います。
指を下ろしたとき、指先が描く軌跡は直線ではなく円弧です。 中指は遠くまで届き、小指はあまり届かない。 立体キーボードは、その軌跡のほうにキーを置きます。
多くは左右分割型と組み合わされます。 お椀は左右の手それぞれに作られるので、構造上その方が自然だからです。
なぜお椀状なのか
平面キーボードを打つとき、指は常に少し伸びています。 ホームポジションから上の行へ、下の行へ移動するたび、 指を伸ばしたり縮めたりしながら、同時に指先の高さを板の面にそろえています。
立体キーボードは、キーのほうを指に合わせます。
- 列ごとに高さが違う — 指の長さの差を、キーの高さで吸収します。中指の列は遠く低く、小指の列は近く高く
- キーが指のほうを向く — 指先の角度に合わせてキーが傾くので、斜めに叩かずに済みます
- 親指が独立する — 親指は他の4本と動く方向が違うため、別のクラスターとしてまとめられます
結果として、指の移動距離が平面より大幅に短くなります。 キーを「探して伸ばす」のではなく、 指が自然に落ちる場所にキーが待っている状態に近づきます。
お椀状の筐体が広まった背景
立体キーボードという発想自体は古く、 1990年代からお椀状のキー配置を持つ市販キーボードが存在していました。 ただし既製品であり、形は固定されています。
流れを変えたのは、オープンソースの自作キーボードとして公開された 筐体を生成するプログラムでした。 完成品でもキットでもなく、設計そのものが配られたのです。
行数、列数、曲率、親指クラスターの位置、テンティング角度—— こうしたパラメータを書き換えてプログラムを走らせると、 その条件に合った3Dモデルが出力される。 あとは3Dプリンタで出力すれば、自分用の筐体ができあがる。
ここから多くの派生が生まれました。 ブラウザ上で形状を調整できるジェネレーターや、 用途に合わせた改変版が次々と公開され、 立体キーボードは「買うもの」から「生成するもの」へ変わっていきます。
パラメトリック設計という考え方
この系譜が特殊なのは、形そのものではなく、設計の方法です。
通常の製品設計では、デザイナーが形を決めます。 一方パラメトリック設計では、形を決める規則を書きます。 規則にパラメータを入力すると、形が計算で生成されます。
| 通常の設計 | パラメトリック設計 | |
|---|---|---|
| 作るもの | 形そのもの | 形を生成する規則 |
| 変更するとき | モデルを作り直す | 数値を変えて再生成する |
| バリエーション | 1つずつ作る | 入力の数だけ無限に出る |
この性質が、オーダーメイドと非常に相性が良い。 一人ひとり違う形を、一から設計し直さずに生成できるからです。
どうやって作られているか
立体キーボードの筐体は、曲面の塊です。 キーごとに角度と高さが違い、それらが滑らかにつながっています。 この形は、板を切ったり曲げたりする方法では作れません。
そのため3Dプリントが前提になります。 逆に言えば、3Dプリンタが個人に普及したことが、 この形のキーボードが広まった直接の理由です。
製作の手順はおおよそ次の通りです。
- パラメータを決めて、筐体の3Dモデルを生成する
- 3Dプリンタで左右の筐体を出力する
- キースイッチをはめ込み、配線する(手配線のことが多い)
- マイコンを組み込み、ファームウェアを書き込む
- キーキャップを付け、キーマップを調整する
自作する場合、3Dプリンタ、はんだ付けの技能、 ファームウェアの知識がひと通り必要になります。 立体キーボードに興味を持つ人は多いのに、 実際に使っている人が少ないのは、ここのハードルが高いためです。
手に入れる3つの方法
| 方法 | 必要なもの | 向いている人 |
|---|---|---|
| 既製の立体キーボードを買う | 予算 | 手がその製品の想定サイズに収まる人 |
| 自分でジェネレーターから作る | 3Dプリンタ、工具、はんだ付け、時間 | 作る過程そのものを楽しめる人 |
| オーダーメイドで依頼する | 予算、納期を待つこと | 完成品が欲しい人、既製品が合わなかった人 |
ジェネレーターの限界
公開されているジェネレーターは強力ですが、 入力するパラメータは「行数」「列数」「曲率」といった 形状の指定です。手の寸法ではありません。
つまり、自分の手に合う数値がいくつなのかは、 使う人が試行錯誤して見つけることになります。 出力して、プリントして、指を置いて、違えばまた数値を変えて出力する。 3Dプリンタを持っていてもこれは骨が折れますし、 持っていなければ最初から選択肢に入りません。
そして公開されているプリセットの多くは、 やはり「平均的な手」を想定した数値です。 指の長さの比率が標準から外れている人ほど、既定値では合いません。
鍵立(かぎたて)は、ここを逆にしました。 入力するのは形状のパラメータではなく、手の骨格データです。
A4の採寸シートに手を置いて撮影した画像から、 中手骨や指節の長さ、関節の位置を読み取り、 独自のパラメトリック設計ソフトに入力します。 すると指ごとの長さと関節位置に応じて、 キーの位置・角度・高さが1キーずつ導出され、筐体形状が生成されます。
試行錯誤するのは私たちで、使う方は手を測るだけです。 設計案はブラウザで回して見られる3Dビューアで確認でき、 本製造の前には仮縫いキット(試作プレート)で実際に指を置いて確かめられます。 3Dプリンタも、はんだ付けも、ファームウェアの知識も要りません。